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Seize the day.

日々、気になったことを書いていきます。

屈託なき音楽。

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先日、尾崎豊の息子さん、尾崎裕哉さんが
テレビに出たことが話題になりました。


普通のトークの時の彼があまりにも「すごく優しい男性新入社員感」を漂わせていたので、「随分、お父様とは違うのね!」なんて思っていたのだけど、これが歌い始めると「OZAKI」なのだよ!



しかもこの歌詞を聴くと、泣けて仕方ない。

あの状況では彼のお母様という人も、とても大変だっただろう。
そして息子である裕哉さんを守りながら、そして愛する人を亡くして逃げるように、かばうように、自分も守りながらアメリカに行ったのだろう、とか。

私はドンピシャ世代ではないのだけど、亡くなった後にOH MY LITTLE GIRL がドラマの主題歌になり、その頃、全部アルバム集めたことあるんですよ、実は。
小さなカミングアウト笑
でも尾崎豊の歌は力が強すぎて、ちょっとつらくなる。

 

シェリー、俺は上手く歌えているか

俺は上手く笑えているか

俺の笑顔は卑屈じゃないかい

俺は誤解されてはないかい

俺はまだ馬鹿と呼ばれているか

 (尾崎豊「シェリー」より抜粋)

その後も「恨まれているか」「愛される資格はあるか」「決して間違っていないか」「真実へ歩いているかい」と自分がどれだけ未完成なのか…。
あれだけ音楽で認められてきた彼が、こんな苦悩を抱えていたのだなぁ、とハマった当時から思っていたのです。

私は「まだ馬鹿と呼ばれているか」にはちょっと共感してしまいました。自分でも劣等感が強すぎて自分を追い込んだり、逆に強く見せたりすることが昔からあったから、この歌詞には頭を撃ち抜かれた感じがあったのです。でも、メッセージが強すぎて、そのうち聴くのが少し辛くなってしまったのでしばらく尾崎は聴いていませんでした。

しかし、この裕哉さんの歌声と、歌詞。
そして歌い終わった後の屈託のない、疑いのない、晴れやかな笑顔。

それに「お父さんと似てると言われるは嬉しいですか?」の問いに迷いなく「嬉しいです!」と言える彼の清々しさ。(ここに載ってないのが残念!)
父親がいない寂しさも、好き勝手を言う周りの人のいらないおせっかいもきちんと跳ね除けて、自分を確立して音楽ができているんだな、って思って泣いてしまいました。←私はまだ馬鹿と呼ばれていますか?笑

お母様に対する素直な愛情と記憶のない父親像に想いを馳せたこの曲。
「始まりの街」
このタイトルも、お父さん似だよね?